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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)10641号 判決 1973年5月17日

原告 亜東開発株式会社

被告 田治直康

主文

一  被告は原告に対し金四、六八九万〇、四四〇円および内金、四、一二二万四、六八六円に対する昭和四五年八月八日から、内金五六六万五、七五四円に対する同年一一月七日から各支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告その余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は原告が金八〇〇万円の担保を供するときは、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し金四、六九七万二、六三二円および内金四、一二二万四、六八六円に対する昭和四五年八月八日より年一割五分の割合による金員を、内金五七四万七、九四六円に対する同年一一月七日より年五分の割合による金員を各支払いずみに至るまで支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)1  原告は、昭和四五年三月二〇日医師として医院を経営しながら、建築請負および金融業を営んでいる被告より、金一億円を、利息金五〇〇万円、返済期日同年五月一八日の約定で借受けたが、約定の期日に返済ができず、同年五月三一日に右元金一億円とこれに対する利息・損害金として被告より要求された金九二〇万円を支払つた。

2  ところで、元金一億円に対する利息制限法所定の利息は、年一割五分、損害金は年三割で、これをこえる部分の利息・損害金の約定は無効であるから、前記支払利息・損害金九二〇万円と金一億円に対する利息制限法にもとづく昭和四五年三月二〇日から同年五月一八日までの利息金二四六万五、七五三円、同日から同月三一日までの遅延損害金九八万六、三〇一円の合計三四五万二、〇五四円との差額金五七四万七、九四六円は、被告が原告の損失において不当に利得したものというべく、被告は原告に対し右金員およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四五年一一月七日以降完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(二)1  原告は、昭和四五年六月六日被告との間に次のような内容の消費貸借契約を締結し、被告より利息天引のうえ、金三、九六五万円の交付を受けた。

(1)  貸金 四、二五〇万円

(2)  利息 金二八五万円(年利四割七厘九毛)

(3)  返済期日 昭和四五年八月五日

(4)  特約 原告は被告に対し、右貸金の担保として原告外二社所有名義の東京電気化学工業株式会社(以下東電化という)株式五万六、〇〇〇株およびトリオ株式会社(以下トリオという)株式六万株を預託し、被告は右貸金の返済をうけるのと引換えに預託株式を原告に返還すること。

2  原告は、事前に被告に通告した後、右預託株式の一部を売却し、約定の同年八月五日現金四、二五〇万円を被告方に持参して、右預託株式の返還を求めたが、被告は不法にも右株式全部を他に売却処分していたため、返還が不能となり、現在に及んでいる。

3  被告の右株券の返還不能は、債務不履行であるから、被告はこれにより原告が蒙つた損害を賠償すべき義務があるところ、原告の蒙つた損害は次のとおりである。

(1)  被告への借用金返済のため、原告は東電化株式二万七、〇〇〇株を昭和四五年八月三日、同株式一万株を同月四日売却依頼し、この手取額四、三〇四万三、〇〇七円並びに残余の東電化株式一万九、〇〇〇株およびトリオ株式六万株を同月五日売却依頼し、この手取額三、八六八万二、五四七円以上合計八、一七二万五、五五四円を、被告から約定どおり預託株式の返還を受けられれば得られる筈であつたので、右金額より被告に対する返済金四、〇六二万七、六七一円を控除した金四、一〇九万七、八八三円。

なお、右返済金の計算は、次のとおりである。

すなわち、原告が金四、二五〇万円を借受けた際、利息金二八五万円を天引されたので、利息制限法二条によつて同法所定の制限をこえた利息は、元本に充当されるところ、受領額三、九六五万円に対する制限利息は、年一割五分で金九七万七、六七一円となり、天引利息との差額一八七万二、三二九円が元本に充当されるから、原告が返済すべき借用金は、四、〇六二万七、六七一円となる。

(2)  原告は、約定期日に被告から当然預託株式を全部受戻せるものと信じて、訴外山丸証券株式会社を通じて前記の如く売却依頼したところ、これが不能となつたため同会社より「空売り」を理由に違約金一二万六、八〇三円を請求され支払つたので、右同額の金員一二万六、八〇三円。

4  被告は、昭和四五年八月七日原告に対し本件株式の返還不能によつて蒙る損害金については、前記貸付金に対する利息と同率の割合による遅延損害金を支払う旨確約したので、被告は前項の損害金合計四、一二二万四、六八六円およびこれに対する同年八月八日より完済まで利息制限法所定範囲内の年一割五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

(三)  よつて原告は、被告に対し不当利得および債務不履行に基づく損害賠償を理由として、請求趣旨記載のとおりの金員の支払を求める。

二  請求原因に対する認否および被告の主張

(一)  請求原因事実中、被告が医師として医院を経営していること、被告が原告に対しその主張の日に金一億円を貸付けたことは認めるが、その余の事実は、全部否認する。

(二)1  利息制限法の適用について

昭和四三年一一月一三日の最高裁判所判決は、債務者が弱者の場合、その保護の目的で、利息制限法一条、四条各二項の規定にかかわらず、これが廃棄と同結果をもたらす趣旨の判示をなしているもので、本件の場合は、原告は被告と対等若しくは強者の立場に立つて消費貸借をなしたものであるから、右判例に従うことは不適当で、不当利得返還請求を認めるべきでない。

2  金四、二五〇万円の貸借について

原告主張の金四、二五〇万円の貸借は、貸主が訴外金原正治で、借主は原告代表者徐鴻道個人である。すなわち、被告は、かねて徐鴻道から依頼されている金四、二五〇万円の融資について、友人である長井順三に依頼し、同人は更に「株式会社鐘甲証券研究所」の代表者である金原正治に金策を依頼していたところ、昭和四五年六月六日長井順三から金が出来たと連絡があつたので、右会社事務所に金原正治、長井順三、被告、徐鴻道が集まり、同所で現金四、二五〇万円が金原正治から徐鴻道に、担保の株券は徐鴻道から金原正治にそれぞれ直接渡された。その際、担保品差入証書は、徐鴻道から被告に交付せられ、それと交換に被告から徐鴻道に担保品預り証が手交された。被告と長井順三、同人と金原正治との間にも右同様の書類が交換された。これらの書類は、この種行為をする者に、便宜使用される常とうの書類で、貸借は徐鴻道と金原正治との間に成立し、被告は右貸借をあつせん仲介したに過ぎない。なお、その際、徐鴻道は被告、長井順三のあつせん手数料および金原正治に対する利息として被告らが要求した金二八五万円より五〇万円少い金二三五万円を被告ら三名に支払つたもので、原告主張のような利息の天引はない。金四、二五〇万円の貸主が被告でないことは、金一億円の貸付の際には原告から被告に同額の約束手形が振出交付されているのに、金四、二五〇円の貸借については、そのような事実のないことからも明らかである。もつとも、貸主が被告である旨を記載した書面に被告は署名捺印しているが、被告は右書面をよく見ず、錯誤ないし原告に欺されて署名捺印したものであるから、右書面は、原告が貸主である証拠とはなり得ない。

3  株券担保の趣旨について

前記担保差入証書には、価額低落した節は、適宜処分しても異議ない旨の記載があるから、昭和四五年六月六日以降同年八月五日までの間に、本件担保株券の価額が仮令一円たりとも下落した場合は、担保株券所持人において右株券を売却して貸金債権に充当することを徐鴻道は承諾しているものというべきところ、昭和四五年六月八日から同月一一日までの五日間の期間をとつてみても本件担保株式は、下落していることから、仮に本件株券所持人がこの時期に売却処分して貸金債権に充当したとしても、損害賠償請求権発生の余地はない。

第三証拠<省略>

理由

一  昭和四五年三月二〇日原告会社が医師である被告より金一億円を借受けたことは、当事者間に争いがなく、右争いのない事実に成立に争いのない甲第一四号証ないし第一六号証、第一七号証の一ないし三、第二二号証、証人松本一男、同張多喜の各証言、原告会社代表者(後記認定に反する部分を除く)、被告本人(後記認定に反する部分を除く)各尋問の結果を総合すれば、次のような事実が認められる。

昭和四五年三月頃原告会社代表者徐鴻道は、原告会社の土地買収資金に必要であるから株券を担保に金一億円を融資してもらいたいと訴外協和信用組合(以下協和信用という)に申込んだところ、同組合専務松本一男は、貸出しの枠がないから他に融資先を紹介すると言って医師で金融もやっている被告を紹介した。交渉の結果、被告は原告会社に対し金一億円を、期間二か月、利息は月二分五厘の金五〇〇万円、担保として時価合計一億三、三〇〇万円位の東電化株五万六〇〇〇株、トリオ株六万株を原告会社は差入れる等の条件で貸付ける話がまとまり、同月二〇日右金員の授受を、被告の金主で現実に金を出すことになっている者のところ(被告の話では、大月信用金庫理事長の関係者が管理している証券会社)ですることになった。同日預金獲得および護衛の意味で同行した松本一男、協和信用職員張多喜とともに徐鴻道は、被告の案内で日本橋にある鐘甲証券研究所に赴き、同所で貸付資金の提供者として女性一人、男性三人位(被告の金主となった金原正治、長井順三らと認められる)の紹介を受け、同所で右資金提供者らが集めてきた現金一億円を被告が受取り、徐鴻道に貸付金として交付した。徐鴻道は右現金と引換えに持参した東電化株五万六〇〇〇株、トリオ株六万株を担保の趣旨で、原告会社振出の額面一億円および五〇〇万円、支払期日同年五月一八日なる約束手形二通を元金および利息支払のために、それぞれ被告に差入れ、かつ被告の要求のままに手数料として金五〇万円を支払つた。被告はこれに対し原告会社宛に貸付金の返済と引換えに担保品を返還する旨記載した担保品預り証(甲第一四号証、第一五号証)を徐鴻道に交付した。原告会社は受取つた現金を一旦協和信用に預金し、同組合から預金小切手を振出してもらつて費消したが、約定の弁済期日である同年五月一八日に返済できず、被告と交渉の結果、遅延損害金として更に三七〇万円を支払う条件のもとに同月末日まで期限を延期することの承諾を得、同月三一日小切手で貸付元金一億円、利息、損害金八七〇万円合計一億〇、八七〇万円を被告に支払つて、貸付元利金の返済を完了し、被告より担保株券(ただし後記のように差入れた株券そのものではない)の返還を受けたことが認められる。

右認定に反する原告代表者、被告本人尋問の結果は、信用し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

従つて被告は、原告会社に対し金一億円を貸付け、同会社は同日手数料名義で金五〇万円、昭和四五年五月三一日右元金一億円とこれに対する同年三月二〇日から五月一八日までの利息として金五〇〇万円、同月一九日から同月三一日までの損害金として金三七〇万円を任意に支払つたものであることは明らかであるところ、右利息(手数料は利息制限法三条により利息とみなされる)、遅延損害金は、利息制限法所定の年一割五分、年三割をこえるから、同法に定める利率に従つて計算(利息は六〇日分、遅延損害金は一三日分)した利息二四六万五、七五三円、遅延損害金一〇六万八、四九三円合計三五三万四、二四六円と前記支払利息、損害金等合計九二〇万円との差額五六六万五、七五四円の支払は、同法一条、四条により無効で、民法四九一条により元本に充当され、従つて同時に支払つた元本一億円のうち右同額の金員は債務が存在しないのにその弁済として支払われたものに外ならず、原告会社は、右債務の存在しないことを知つて支払つたと認めるに足る証拠はないから、原告会社は被告に対し右金員を、不当利得としてその返還を請求しうるものと解するのが相当である(最高裁判所昭和四四年一一月二五日判決、集二三巻一一号二一三七頁参照、右判旨は本件のようにその支払にあたり充当に関して特段の指定があつた場合には、返還請求できないと解される余地はあるが、元利金を一時に支払う場合に支払につき指定がある場合とない場合とで計算充当につき区別するは、いずれにせよ超過部分の支払が無効であるにかかわらず、結論を異にして、債務者に不公平な結果をもたらすことになるから、支払にあたり充当に関して特段の指定がされている場合にも、その返還を求めうると解するのが相当である。なお、被告は借主が経済的弱者でない場合には、返還請求を認めるべきでない旨主張するが、利息制限法は金銭消費貸借における利息の契約について例外なく適用さるべきであることは条文上明らかであるから、右主張は理由がない。)

よつて原告の不当利得請求は、金五六六万五、七五四円、およびこれに対する訴状送達の翌日である昭和四五年一一月七日より完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は失当(遅延損害金の発生期間を原告は一二日として計算したことにより差異を生じた)である。

二  次に債務不履行を理由とする損害賠償請求について判断することとする。

(1)  成立に争いのない甲第二号証ないし第四号証、第七号証、第八号証、乙第三号証、証人伊東健三の証言により真正に成立したと認められる甲第九号証、証人伊東健三、同張多喜の各証言、原告会社代表者、被告本人尋問(後記認定に反する部分を除く)の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次のような事実が認められる。

原告会社は、前記一億円の貸付金を返済してから間もない同年六月四日頃になつて、資金繰りに困り原告会社代表者徐鴻道は再度被告から金融を得ようと考え、直接電話で被告に対し金五、〇〇〇万円の借金を申込んだところ、被告は前回と同様の株券を担保として差入れる条件の下に金四、〇〇〇万円位を前回と同じ割合の利息で貸してもよいとのことだつたので、交渉の結果、同月六日付で金四、二五〇万円を、弁済期は、二か月後の同年八月五日の約定で借受ける話がまとまつた。同日原告会社が株券を預けていた協和信用本店で、徐鴻道は被告より現金一、五〇〇万円と被告振出の額面二、〇〇〇万円の小切手を貸付金の一部として受取り、引換えに担保として東電化株五万六〇〇〇株、トリオ株六万株を担保品差入証書(乙第三号証)とともに被告に手渡した。これに対し被告は貸付金返済の節は引換えに担保品を渡す旨の記載のある担保品預り証(甲第三号証)を原告会社あて(最初徐鴻道個人あてになつていたので、同人は借主が会社である旨申入れて被告に訂正してもらつた。)に差入れた。更に、同月九日被告は貸付残金を徐鴻道に喫茶店で渡したが、被告は利息として金二八五万円を天引して右貸付残金として現金一〇〇万円と被告振出の額面三六五万円の小切手を徐鴻道に交付し、結局貸付金四、二五〇万円に対する原告会社の受領額は合計三、九六五万円に過ぎなかつた。徐鴻道は弁済期日の一週間位前に期日に間違いなく支払うから株券を揃えておくよう連絡し、同年七月末にも同様連絡したところ、被告は金を持つてくれば何時でも返す旨答えた。ところが、原告会社は同年八月初めに予定した金が入らなかつたため、止むなく被告に差入れている担保株券の一部を処分して返済することをきめ、取引先の山丸証券株式会社(以下山丸証券という)に事情を話して同月三日又は四日付で右株券の一部を売却依頼することにし、現実の株券、売付け代金の授受は四日目であるのを特に同月五日に売付け代金を先払いしてもらう了解を得た。同月五日徐鴻道は、右売付け代金四、三〇四万三、〇〇七円のうち四、二五〇万円を現金で山丸証券から受取り、同証券職員伊東健三、協和信用職員張多喜らの附添いの下に被告経営の医院に赴き、弁済のため現実に提供し、担保株券の返還を求めた。被告は、右株券を他に預けているというので、その案内で赤坂附近のマンションに行つたが返還を受けることができず、翌日も同様で、翌々日の七日になつて被告は「株券を預けている者が返してくれないので困つている。同年八月二二日までに責任をもつて必ず返すから、それまで猶予してもらいたい。」旨徐鴻道に申入れたので、同人も損害に対して遅延損害金を附する条件の下に止むなく承諾し、前記現金四、二五〇万円を、被告に支払わないで山丸証券に返却したが、右期日に至るも被告は株券を返還することができず、現在に至つている。

右認定に反する被告本人尋問の結果は、信用し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(2)  右認定に徴すれば、金四、二五〇万円の貸主は、被告、借主は原告会社で被告は、貸付金の返済と引換えに担保株券を原告に返還することを約したものであることは、明らかである。被告は、右貸主は、金原正治であると主張し、被告本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨によれば、金一億円の貸借(以下第一回貸借という)については、長井順三、金原正治らが被告の依頼により資金を提供し、受取つた担保株券も同人らに被告が右資金を借受けたことに対する担保として被告から交付されていたこと、金四、二五〇万円の貸借も同様であつたところ、同人らが株券を売却処分したため、被告は、右株券を原告会社に返還できなかつたものであること(第一回貸借のときも同様であつたーたゞし被告も右処分により利益を得ているーが、被告は担保株券と同種、同数を右株式がたまたま価格低落していたため買戻して原告会社に返還することができ、原告会社に損害を与えなかつた。)、すなわち第一、二回貸借とも資金提供者が金原正治らであつたことが認められるが、資金提供者が必ずしも貸主となるとは限らず、当事者間において貸主、借主としての責任を負うと了解されていた者が、貸主、借主であると解すべきであるから、右事実を以て被告を第二回貸借の貸主と認定するに妨げないばかりか、被告が第一回貸借の貸主であることは、その自認するところであり、第二回貸借に際しては金原正治らは姿を見せず、第二回貸借は、前回と異なつて金原らが貸主となり、被告は仲介人である旨被告から特別に表示されたと認めるに足る証拠もなく、当事者双方とも第一回と同様な貸借であると考えていたことが原告代表者尋問の結果により窺知できる。更に、成立に争いのない乙第三号証には、「期間中に担保品の価格低落した節貴殿(被告)において適宜処分しても異議ない旨」の記載があるから、仮に被告が担保株券返還の責任を負うべきであるとしても、本件では右約定に従つて株券所持人が売却処分したものであるから、責任がない旨被告は主張するものの如くであるが、右記載は印刷された例文に過ぎず、当事者双方ともこれに従う意思がなく、返済期日に貸付金の返済があれば必ず担保株券を返却する約定(たゞし株券の性質上、同種、同数の株券を返還すればよい)であつたことは、前記認定から明らかである。

してみると被告は、弁済期日に原告会社より貸付金の弁済提供があつたにも拘らず、被告の責に帰すべき事由に基づき約旨に反して担保株券を返還することができなかつたものとして債務不履行の責任を負うものといわねばならない。

(3)  そこで進んで右債務不履行により原告会社が蒙つた損害について判断することとする。

成立に争いのない甲第五号証ないし第八号証、第一一号証ないし第一三号証(甲第五、六号証、第一一、一二号証は、原本の存在についても争いがない)、証人伊東健三、同吉田保の各証言、原告代表者尋問の結果によれば、原告会社は、昭和四五年八月三日に東電化株二万七〇〇〇株、同月四日一万株を同月五日の約定期日に被告から受戻せると信じ山丸証券に売却依頼し、その代金手取額四、三〇四万三、〇〇七円が得られる筈であつたところ、被告の右株券返還不能のため右代金が得られなかつたばかりでなく、「空売り」として違約金一二万六、八〇三円を証券取引の規則に従つて山丸証券に支払つたこと、残余の担保株券東電化一万九〇〇〇株、トリオ株六万株は同月五日の終値で売却した場合の代金手取額は金三、八六八万二、五四七円であることが認められる。而して原告会社が、被告に返済すべき貸付元金は、受領額三、九六五万円を元本として利息制限法所定範囲内の年一割五分の割合による六〇日分の利息九七万七、六七一円と実際の支払利息二八五万円との差額一八七万二、三二九円を元本四、二五〇万円から控除した四、〇六二万七、六七一円であることは、利息制限法二条により明らかであるから、原告会社は、担保株券を約定どおり被告より返還を受けられなかつたことにより、前記担保株券売却による予定手取額合計八、一七二万五、五五四円より右四、〇六二万七、六七一円を控除した金四、一〇九万七、八八三円および山丸証券に支払つた違約金一二万六、八〇三円の合計四、一二二万四、六八六円の損害を蒙つたことになり、右損害は被告の債務不履行と相当因果関係にある損害と認められるから、被告は右金員およびこれに対する担保株券を返還すべき日以後である同年八月八日より完済まで民事法定利率年五分の割合(原告は、貸付金の利息と同額の遅延損害金を支払う旨被告は約した旨主張し、これに添う原告代表者の供述あるも、たやすく信用し難い)による遅延損害金を支払う義務があるものといわねばならない。してみると、原告の損害賠償請求は、右の限度で理由があり、その余は失当である。

三  よつて原告の請求は、金四、六八九万〇、四四〇円および内金四、一二二万四、六八六円に対する昭和四五年八月八日より、内金五六六万五、七五四円に対する同年一一月七日より各支払いずみまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で正当としてこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法九二条但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 早井博明)

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